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2011年3月28日 (月)

復興支援バス

26日(日)8:30新宿都庁前を出発し、16:30山形駅前に着く復興支援バスに乗って山形に帰ってきた。都庁前には盛岡や仙台に行くバスもいっぱい停まっていた。オリオンツアーの人が名前をチェックし、バスの乗車位置を教える。トイレでいっしょになった女性は一人暮らしの母親に会いに仙台に行くと言っていた。キャリーバックには食料がいっぱい入っていると。バスの入り口に座席が書いてあり、女性同士が座るようになっていた。私は左側の窓側の席だった。長距離だけど、急仕立てのツアーだから普通の大型観光バス。トイレもない。時間通りに出発した。若者が多い。小さい子連れのお母さんもいた。最初に休憩した羽生SAではドンクのパンがあったので、思わず買ってしまった。窓から見える東北の町はいつも見ている風景だった。見えない右側の海岸沿いには、想像を絶する光景が広がっている。栃木から救援の消防車や救急車が連なって走っていた。Img_0466

2回目の休憩所安達太良SAでは雪が降り出した。停まっている大型バスは観光用ではなく、東北方面への移動のバスだった。Img_0467

申し込むときに山形の手前の米沢で降ろしてもらいたいと言ったら、直通バスですからと断られた。バスは福島で東北自動車道を降りることなく、仙台方面に向かった。仙台の被害はどうなんだろうと思っていたけど、いつの間にか雪景色になり、山形県に入った。 山形はほとんど被害がなく、いつもの生活をしているようだった。それでもTVのローカルニュースで宮城県や岩手県や福島県や青森県の被害の様子を伝えていた。Img_0469

米沢市立体育館は福島の人たちの避難所になっていた。そこにボランティア活動のカリスマと言われている吉椿さんという神戸の人が来ているらしかった。(今日のNHK「クローズアップ現代」に出ていた)ホントは宮城や福島や岩手に入りたいらしいのだが、自分で宿泊場所や食料を確保しなければならず、入れないので、米沢にいるらしい。歯がゆい。米沢のスーパーには食料は牛乳や卵もあり、買って帰ろうかと思ったぐらいだった。ただ暖房の石油もムダにはできない状態なのに、3月末なのに雪が降っていた。

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コメント

原発は海外の支援(指導かも)を受け、廃炉にするしかない。

無情の雪だねえ。原子力発電所のリスクは大きいねえ。もしかすると地球温暖化は原発推進派が唱えていたのか。

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